LIRY vol.20 Special Issue “Motherland” #8 Psychology by Takeharu Seno
九州大学高等研究院及び大学院芸術工学研究院教授 妹尾武治
THEME [ Motherland ]
内集団バイアスの怖さ!
人はなぜ安易なナショナリズムに流されるのか?
我々人間は、無意識のうちに自分が所属する集団を「良い」ものだと思ってしまう。祖国、郷里、出身校、所属サークルや部活、これらを悪く言う人は少ない。大半の日本人は、日本を美しい国だと思うし、日本人を賢い民族だと思っているだろう。出身大学、出身高校を愛し、素晴らしい学校であったと誇る。郷里の人たちの、心の温かさを大事にすることも、人間として普通なことだ。 これらの心の動きは、心理学においては「内集団バイアス」という専門用語で呼ばれている。内集団バイアスの学術的な定義は、「人間が自分自身が所属する集団を、他の集団よりも優れていると思い込むこと」となる。そもそも、内集団と外集団という言葉は、アメリカの社会学者W・G・サムナーが発案したと言われている。自分が所属する集団を、内集団、所属していない集団を外集団と呼ぶ。人間の心理の特性として、内集団を外集団に比べてより良い、より優れていると思い込む性質があるのだ。そして、悪いことにこの内集団バイアスは、外集団を低く見なすという性質とも関連している。外集団はレベルが低く、内集団はレベルが高いと思い込んでしまうのである。この心理特性は、より直感的な表現として「内集団びいき」とか「外集団差別」と呼ばれることもある。 今回の〈リリー〉のテーマは、マザーランド、つまり母国である。テーマに沿って、母国の素晴らしさ、日本の美しさが重点的に紙面で取り上げられるものと予想しながら、目下執筆している。はっきり言って、今回の私のエッセイは、このテーマに水をさすものになるだろう。
日本人ならば、日本は優れているという思いを、ほとんどの場合根拠なく、無意識的に抱いてしまうものである。内集団バイアスの恐ろしい所は、内集団が優れているという思い込みに、客観的な根拠が必要ないことだ。その集団に所属しているだけで、その集団を無根拠に優れていると思ってしまう心の特性を我々人間は持っているのだ。明示的な根拠に基づかなくとも、ただただ信念として、内集団の優位性を信じ込んでしまうのである。 日本だけでなく、世界各国の国々はそれぞれ何らかで優れている。みんな違ってみんな良いのである。日本だけが特別に優れている要素も確かにあるだろう。一方で、日本が極端に劣っている要素もあるはずだ。全ての面で、日本が他の国に勝っているようなことは決して無いはずだ。しかし、内集団バイアスによって、日本が全ての面で他国よりも優れていると、我々は思ってしまう可能性があるのだ。そして日本こそが最も優れているという内集団バイアスは、一方で他国は劣っている、という安易なナショナリズムと表裏一体の関係なのである。
私は千葉県民だったのだが、千葉県民と埼玉県民は、どちらが関東のナンバー3かで小競り合いを続けている。それぞれ、内集団びいきで、自分の県を推す訳だが、東京都民や神奈川県民などの他県民からすれば、両県ともに愚かに見えることだろう。まして、アメリカなどの外国人からみれば、より「どうでもいい」はずだし、千葉県が埼玉県よりも優れているという発想そのものが、根拠の乏しい妄信だと思うはずだ。しかし、当の千葉県民はかなり真剣に、埼玉県より優れていると思い込んでいるのだ。 この事例のように、ジョークめかせる範疇のことなら良いのだが、事はそう安穏ではない。日本は、他のアジア諸国よりも優れている。こういった信念のもとに、過去に戦争が起こったのではないだろうか?日本の歴史に限定せず、ほぼ全ての戦争、民族間闘争は、内集団バイアスが原因で起こっていると言っても過言ではないだろう。 今回の私のエッセイは、全体のテーマに大きく水を差してしまうかもしれない。しかし、安易なナショナリズムに対して、それを是正するのが心理学者の役目だと私は思う。日本は美しいし、素晴らしい国である。だが、同時に、この世界にある全ての国が美しく、素晴らしいのである。自分自身の無意識の心の働きである、内集団バイアスに少しだけでも良いので、目を向けて、少し意識的に自分を律し、外集団を差別せずに、内外の相互の関係を大事に思う事。それが大切だろう。
内集団バイアスをより良く理解するため、一つ重要な論文を紹介したい。アメリカのテキサス大学の女性研究者であったビグラーらが、1997年に学術誌『チャイルド•デベロップメント』誌上で報告した論文である。 6~9歳のアメリカの子供61人を、グループ分けする所から実験が始まる。子供達に、ランダムに半数ずつ青い服と黄色い服を与え着させ、その色別にグループを作り、内集団と外集団を形成させた。その後、それぞれの集団ごとに、いくつかの課題に取り組む活動を行い、集団意識を強めた。 それなりに、集団での活動を経た後に、実験の主眼となる課題が行われた。青色と黄色のラベルの付いた二つの瓶の中に、同数のジェリービーンズを入れたものを子供達に見せた。カバーストーリーとして、「(いくつかの活動に取り組んだ)先週良いことをした分だけ、ご褒美として、青色の集団と,黄色の集団ごとにジェリービーンズを瓶につめてあるよ。」と子供達に告げた。繰り返すが、実際にはジェリービーンズは同数(65個)が、きっかり入っていたのである。ここで、子供達に「瓶を見た感じ、それぞれの瓶にいくつジェリービーンズが入っていると思いますか?」という質問をし、数の主観値を答えさせた。その結果、外集団が獲得したと思ったジェリービーンズの数は、内集団が獲得したと思った数の52%にしか達しなかった。同じものを見ているにもかかわらず、である。他にも、より直接的に「二つのグループが競争したら、どちらが勝つかな?」と子供に尋ねると67%の子供は、内集団が勝つと報告した。
Art Work “内集団バイアス”
内集団バイアスは、自己を肯定的に評価することで自尊心を維持•高揚しようという無意識の心の働きが、その根本原因であると考えられている。誰しも、自分は可愛いし、自分は良いものでありたいのだ。自分自身を良いもだと思うために、自分が所属している集団を優れたものだと思い込むのは、非常に手っ取り早い方法であり、誰しもが利用出来る方法でもある。優れた日本人である私ってすごい、優れた大学出身の私は優れている、大企業に勤めている俺って立派、という訳である。 さらに悪い事に、内集団バイアスは、集団内における「いじめ」にもつながる事が指摘されている。「黒い羊効果」と呼ばれる心理効果があるのだ。内集団の価値を高く維持するためには、価値を落としかねない集団内メンバーは目障りであり、邪魔になる。そのため、内集団の中で、劣っていると思われる構成員を、いじめたり集団から積極的に排除しようとする心理的特性を我々人間は持っている。これがいじめの原因でもある、黒い羊効果と呼ばれる心理効果である。不祥事を起こした人物を「ルーツは日本人ではなかった!」のように無根拠に書き立てる場面に、近年遭遇しないだろうか?これは、まさに黒い羊効果の最たる例だと言える。 以上のように、マザーランドにまつわる、人間の醜さ、黒い心理学について今回はまとめてみた。繰り返すが、日本は美しい、日本人は賢く素晴らしい。だが、それは、全世界の民族、国、全てがそうだと私は思う。行き過ぎた安易なナショナリズムに対して、水を差し是正することで、より正しい人類全体の進歩が導かれる。心理学には、それが求められているのではないだろうか?
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妹尾武治・せのおたけはる
九州大学高等研究院及び大学院芸術工学研究院教授。オーストラリア、ウーロンゴン大学客員研究員。東京大学大学院人文社会系研究科(心理学研究室)修了。心理学博士。専門は知覚心理学だが、これまで心理学全般について研究及び授業を行ってきた。現在、自分が乗っている電車が止まっているのにもかかわらず、反対方向の電車が動き出すと自分も動いてるように感じる現象(ベクション)を主な研究テーマとしている。電通九州等との共同研究を多数手がける。筋金入りのプロレスマニア。著者に『脳がシビれる心理学』(実業之日本社)、『おどろきの心理学』(光文社新書)、『脳は、なぜあなたをだますのか:知覚心理学入門』(ちくま新書)がある。 |
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